ザ・ホエール

人が誰かを救うことはできるのか?

この映画は、全編を通してそれを観る者に問いかけてくる。

そして、映画の所々で「救える人がいたとしたら、それは自分自身だけだ」。
という一番正論でいて残酷な答の選択を迫られつづける。

人の幸せを思うのは自分を許したいから。
生きた証を立てたいから。
自分のためでしかないもの。

体重272kg、余命7日、妻と8歳の娘を捨ててボーイフレンドの元に走った男の姿からは、自身を許すためだけの善意しか感じられない。

余命が残り少ないと分かり、最後に8年間音信不通だった娘に連絡を取り、久しぶりに目の前に現れた娘は、実の母親に「邪悪」と評されるほど、心が荒んでしまっていた。原因はもちろん家族を捨てた自分自身にある。
そんな娘を救おうと、男は本気で考えるが、それもただの悪あがきにしか見えない。

自分自身でもその可能性を排除できず「醜い姿をした自分の言うことを信じる人間などいるはずがない」。
と、必至にもがきつづける男の姿が終始映し出される。

最悪の人生の最後に訪れるのは、赦しか、はたまた・・・

イケメン俳優として知られるブレンドン・フレイザーが、272kgの超肥満男を演じているところに今作のミソがある。クリント・イーストウッドの『リチャード・ジュエル』のように、主演の男の姿にリアリティを持たせていたら、観客の印象は操作されなかっただろうと思う。
ついこの男の思いが届くように祈ってしまう自分、彼を応援してしまう自分がいて、そのため観ている自分も最後にひどい仕打ちを受ける覚悟を強いられながら、彼の人生を見届けることになる。
映画体験としての「没入」の意味は様々だが、我がゴトとして観客を物語に引き込む見事な脚本と、それを実現させた素晴らしキャスティングの勝利だと思います。

(オススメ度:70)

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