世界最高峰のモータースポーツ、Fomula-1=F1の臨場感を描くために、CGではなくIMAXで撮影された実走行シーンを多用したという映像はテレビ観戦でも見ることのできないものすごい迫力。
実際のレース開催中に撮影されたシーンも数多く、そのために実際の関係者やドライバーも多く登場し、詰めかけた観客たちもそうした迫力に一役勝っている。そうした映像をIMAXスクリーンで鑑賞するだけでも価値のある作品だと思う。思うのですが・・・
正直に申し上げて、この映画の中で描かれているF1は、現実からかなりかけ離れています。
F1はヨーロッパの貴族主義の象徴のようなところがあって、アメリカのような移民の国を下に見る傾向がありました。ただ、世界中の視聴者を相手にするグローバル・スポーツであるF1にとって、アメリカという巨大市場が重要であることは言わずもがな。
ただ、アメリカでの人気を獲得したい反面、そうした貴族主義が邪魔して殿様商売を展開していたために、北米で不人気であったことは否めません。
そうした状況が長く続いたあとに、F1の商業権が、F1の生みの親であり、F1を世界最高峰のモーターレースへと成長させたイギリス人のバーニー・エクレストンから、アメリカのリバティメディアに買収されてから、状況は一気に変わります。
リバティメディアの改革はものすごい勢いで進み、それまでは各サーキットでの開催賃料と、世界各国のテレビ局に放映権を売るというビジネスモデルであったため、商標の権利の所在が曖昧なインターネットとの間に一線を引き、裕福な中高年層を中心としていた市場戦略を180度変えた。SNSなども積極的に活用し、一気に若年層の獲得に舵を切ったのでありました。
国営放送を含め、視聴料のかからない地上波での放送を推進することで、多くのスポンサーの獲得を目指した戦略も変換。衛星放送に加え、いよいよ動画配信サービスへの進出も開始。中でもNetflixの活用はそうした変化の旗印のような存在で、NetflixのF1を追ったドキュメンタリーである『Drive to Survive』は大人気コンテンツとなり、全米でのF1人気を一気に不動のものとした。
この『F1 The Movie』は、そうした市場戦略に連なる、F1のマーケティングの世界戦略の最終兵器という側面を担っている。
まずはそのことをよーーーく理解しておく必要がある。
それはつまり、これまでモータースポーツから一番遠かった人たちを囲い込むことを第一義としているということだ。
なので、私のようなど真ん中のマニアが喜ぶ内容になっていたらいけないのであります。
っていうか、すでに視聴料を払っている私を喜ばしても何の得にもならないのであります。

F1は最高のテクノロジーであるからこそ、世界中の自動車メーカーが自らの技術力を世界中にアピールするマーケティングツールとして活用されている。
ただテクノロジーの強弱は、そうしても開発資金に比例してしまうので、資金力の大小、開発力の差がはっきりと出てしまう。そうした状況が偏った一強状態を生み出すことにも繋がり、スタート前から勝者が分かりきったレースとなることが多々ありました。
そうした一強状態を打破すべく、F1=リバティメディアはバジェット・キャップなどの厳しいレギュレーションを課して、できるだけ各チームの戦力を平準化することに注力してきました。ただそれだと冒頭に申し上げた自動車メーカーの志向に反してしまい、なかなか解決策が見えて来ず、その志しはいまだ道半ば。
タイヤコンパウンドに手を加え、タイヤの耐久性を落とすことで独走状態を回避するルールを導入しても、タイヤをセーブする技術を獲得してしまったり、DRS(Drag Reduction System)というリアウィングの空気抵抗を減らし、前走車を追い抜きやすくするインチキ臭いシステムを導入しても、その運用に技術格差が生まれてしまったり、イタチごっこが続いている。

かなり抜きづらいのでギリギリのバトルになる。と言えば聞こえはいいが、エアロマシンとなった車体は数年前に比べて1.2倍ほど巨大化したが、サーキットの道幅は変わらないので、追い抜きの際に接触事故が多くなり、それを防ぐためにルールが更に厳格化され一貫性のないペナルティが横行するなど、観ていてスッキリしないことも多々起こる。

今作で主役のソニー・ヘイズ(ブラッド・ピット)が所属する「APX GP」は新興チームの設定ですが、現実のF1の世界で開発力の低い新興チームが優勝する可能性はもとより、10位以内に入る可能性すらかなり低い。劇中にあるような主人公の天才的なドライビングで、追い抜きがポンポン起こるなんてこともまずない。
一周のラップタイムがたった0.3秒遅いだけで、前走車には絶望的に追いつくことなどできない。
壊れやすい繊細なエアロパッケージは、壁に触れただけもまともに走れなくなる。クラッシュしたマシンがピットに戻ってパンクしたタイヤを交換してまた走り出すなんてことも不可能。
F1は、現実世界における物理的に残酷な事実の見本市でもある。
なんて書いていると私が実はF1が嫌いなように聞こえてしまうかもしれないが、私はそんな複雑で難解なパズルを解くようなF1のレースが好きで、視聴料を払ってまで毎戦欠かさず金曜のフリープラクティス走行から観ているのであります。
でも、これまでF1に興味のなかった方々が「ブラピが出てるしちょっと観てみよう」という感覚で劇場に足を運び、そんなややこしいレースの模様を見せられたら間違いなく引くだろう。

だからこれでいいのであります。っていうか、こうでないとならないのであります。
今作を観て一人でも二人でも「イケメンドライバーもいるみたいだし、本当のF1のレースも観に行ってみよう。ラスベガスGPはかなりイケてるらしいよ!」ってなことになれば、それでいいのであります。
という意識転換を鑑賞中に果たした器用な私は、むしろ胸アツな人間ドラマに感動して涙ぐんでしまうのでありました。
そして、アメリカでは公開直後の週末だけで既に8840万ドル(約127億円)の興行収入を記録し、ランキング初登場1位を獲得。世界全体では既に1億4400万ドル(207億円)の興行収入となっており、ブラッド・ピット主演映画の最高興行収入を早くも更新するという、最高のスタートを記録したらしい。
というわけで、これまでF1に興味のなかった方ほど観て楽しめる娯楽大作になっております!
逆にいうと、この映画を心底楽しめてしまう、そういう方々が羨ましいとすら思う。
(オススメ度:70)
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