先シーズン末にトップチームであるレッドブルに昇格するチャンスがあったのですが、F1での経験の浅いリアム・ローソンに先を越される格好で昇格を逃した角田裕毅。
今シーズンの開幕から2戦を終え、成績の振るわないローソンに代わって、来週末から鈴鹿サーキットで開幕するF1日本グランプリからレッドブルに昇格することが発表された。
なんて書いてもF1に興味のない方にはチンプンカンプンだと思うので、かいつまんで言うと、日本人ではじめて優勝を狙えるトップチームからの参戦が決まったと言う、とてもおめでたい話なのであります。

野球でもサッカーでも、どんなリーグでも、優勝候補と言われるチームは必ずあると思うが、F1に関して言えば現在優勝を狙えるチームは、全10チーム中、マクラーレン、フェラーリ、メルセデス、レッドブルの4チーム。
残りの6チームが優勝するには天文学的な奇跡が1レース中に立て続けに起こらないとならない。
つまり4チーム以外が優勝する可能性はほぼゼロに近い。
ちなみに、今の時点で今年の年間チャンピオンに輝く可能性が高いのはマクラーレンだと言われていて、それは自らの力で奇跡を引き寄せられるだけの実力があることを示している。つまり、ブッチギリと言っていい実力差がある。
それだけF1という世界はドライバーの実力以前に、オフシーズン中の開発競争の方が激しく、シーズンが始まると実力差が大きく偏っているなんてことはいつものこと。興味のない方からすると「どのクルマが勝つのかほぼ分かっているレースを観ていて何が楽しいのか?」と思われることだろう。
それでも観ていて楽しい理由は長くなるので、ここでは割愛するが、それだけに優勝候補に数えられる開発能力の高いチームのシートは実力のあるスタードライバーたちですぐに埋まってしまう。
F1は1チーム2台しか出走させられないので、F1に出場できるドライバーは20人だけ。
それだけでも狭き門なのに、優勝できるクルマをドライブできるのは8人。世界中でたった8人だけなのである。
その8人の中に日本人が入ったという、もの凄い話なのであります。
ただ、手放しで喜んでもいられない事情というものがありまして。

そんな、選ばれた者だけが獲得できる特別な8つのシートに座れるような、真に実力を認められたトップドライバーが、なぜシーズン途中で、しかも開幕からたったの2戦で、事実上の更迭となってしまったのか。
レッドブル・レーシングは、2021年から昨年までの4年連続でドライバーズ・チャンピオンを獲得している、言わばディフェンディングチャンピオン。21〜23年までは2人のドライバーの獲得ポイントで争われるコンスタクターズ・チャンピオンも獲得している有力チームだ。
実に4年間もの間、F1を制圧してきたレッドブルでしたが、言ったように今年はマクラーレンに先行を許している。この状況は昨年の中盤以降から表れはじめていて、それもあって昨年は3年連続で獲得していたコンストラクターズ・チャンピオンをマクラーレンに奪われてしまった。
そうした状況に対して、もちろんレッドブルは手をこまねいて見ていたわけではなく、ライバルの研究、独自の開発と並行して、4年連続チャンピオンのマックス・フェルスタッペンを主軸に、セカンドドライバーの交代も行った。
レッドブルのジュニアチームであるレーシングブルズに所属していた角田は、その時に最終選考の2名に残ったのですが、レッドブルは経験豊富な角田ではなくチームメイトだったローソンを抜擢した。
なぜ経験豊富な角田を選ばなかったのか。
様々な憶測が飛んでいるが、私が一番可能性が高いと感じるのは「ホンダへの当てつけではないか?」という話。
角田はホンダの秘蔵っ子で、事実ホンダから多くの支援を受けているドライバーだ。
ただ、ホンダは突如としてF1からの撤退を発表し、その影響を一番に受けたのはもちろん、ホンダ製パワーユニットを搭載するレッドブルだった。

ホンダは撤退決定後も「レッドブルパワートレインズ」名義でレッドブルへのパワートユニットの供給を行っているが、レッドブルは巨費を投じ、レギュレーションが大きく変更される2026年シーズンからアメリカのフォードと手を組んで自社製パワーユニットでの出走を決定した。
その後ホンダは手のひらを返したようにF1への復帰を決め、こともあろうかライバルチームであるアストンマーチンのワークスサプライヤーとなってしまった。
ホンダでさえF1復帰後にトップ争いに戻れるまで4シーズンかかっているわけで、レーシングエンジン製作の経験のないレッドブルが、自社開発のエンジンですぐに勝てるほどF1の世界は甘くない。レッドブル内にそのことを根に持つ人物がいて、その腹いせで角田に皺寄せが来ているのではないか。
ローソンは今年の開幕戦のオーストラリアGPで15位(フェルスタッペン2位)。
第2戦の中国GPでは16位(フェルスタッペン4位)と、完全にチームメイトに大きく置いて行かれてしまった。
F1は年間のコンストラクターズの順位によって、チームへの分配金が変わる仕組みになっているため、2台のクルマが揃って上位に入賞するかしないかはチームの死活問題につながる重要な事案。
もちろん経験の浅いローソンを抜擢したチームの責任なわけで、最低でも1シーズンは成長を見守るというのが一般的な考え方なのですが、レッドブルは違う。
レッドブルだけがF1にジュニアチームを持っていて、若手にはそこで経験を積ませているため、トップチームであるレッドブルに昇格した際には、経験があろうが少なかろうが問答無用でトップドライバーとして扱われてしまう。
過去にもシーズン途中でレッドブルから降格、解雇されたドライバーは数知れず。現在の20人しかいないF1ドライバーのうち7人がレッドブル出身のドライバーだったりする。まさにF1虎の穴。
そうした背景もあり、マスコミは中国GPが終わった時点ですでにローソン更迭の記事を発信していた。
ただ、これにも裏話があって、角田へのドライバー変更を望むレッドブル内の一派が、中国GPより前の時点ですでにドライバー変更を画策していて、その一派が情報をリークしたとの噂もある。
もともとタイで販売されていたエナジードリンクをベースにして、オーストリアのディートリッヒ・マテシッツがレッドブルとして世界ブランドに成長させたのは有名な話ですが、マテシッツの死後、レッドブルの株式を分け合うタイの創業者グループと、オーストリアのグループとで、チーム内の覇権争いが続いているらしい。
日本人チャンピオンの誕生を悲願とするホンダも、その一派とともに自らのお膝元である鈴鹿からトップチームであるレッドブルのシートに角田を座らせようと動いたことは想像に難くない。

ただし、ローソンも決して遅いドライバーではない。
あまりにもフェルスタッペンが速すぎるのである。
チームがチャンピオンを優先して、チャンピオンの好みに合うクルマの設計を行うのは当たり前のことなのですが、どうやらフェルスタッペンという稀代の天才ドライバーが好むハンドリングはかなり特殊で、世界最高峰にまで上り詰めたドライバーたちでも乗りこなすことが難しいクルマのようなのだ。
もちろんチームもそのことは把握していたのですが、そのためには車体設計を全面的に見直す必要がある。2026年から大幅にレギュレーションが変更されるため、否が応でもクルマを全面刷新しなければならない。だったら何のかんのと言いながらも4年もの間ドライバーズチャンピオンを獲得できていた今の仕様のままでもう1年行こうと判断するのも無理もない。

というわけで、ついに優勝を狙えるトップチームにまで上り詰めた角田ですが、フェルスタッペン専用車と言っていいRB21を、母国グランプリで、しかもテスト走行もなしにぶっつけ本番で乗りこなすことができるのか。
角田だって数レースで更迭されてしまう可能性もなくはない。
今回ローソンは古巣のレーシングブルズに出戻ることになったわけだが、たぶん5年間ジュニアチームに在籍していた角田に戻る場所はもうない。結果を残せなければF1からの引退にもつながる大きな挑戦となる。まさに背水の陣。
もちろん角田のドライビングスタイルが特殊だと言われるRB21と合致している可能性もなくはない。
世界中に多くのファンを持つF1屈指の人気者である角田の、鈴鹿でのドライビングに注目が集まっている。
F1日本グランプリは4月6日(日)に決勝を迎える。
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