R18で富士モータースポーツミュージアムに往年のラリーカーを見に行って来た

FIA 世界ラリー選手権ラリージャパンを記念して、イタリアのマカルーゾ財団が保有する貴重なクラシック・ラリーカーと、日本の往年のラリーカー、合計6台を展示する企画展『THE GOLDEN AGE OF RALLY』が、富士スピードウェイにある『富士モータースポーツミュージアム』で開催されている。
4月8日までの開催なので少々焦っていたのですが、丸沼高原に滑りに行ったその2日後の日曜日は、最高気温20℃という絶好のツーリング日和。ここぞとばかりにR18に乗って富士モータースポーツミュージアムまで行って来た。

富士スピードウェイまで、下道でのんびり向かおうと思っていたのですが、お約束の寝坊。というか、なかなか気持ちが出発に傾かずに布団の中でウダウダしていたら10時になってしまった。そのため往路は東名高速利用。

それにしても良い天気。
念のためダウンジャケットを着て来ましたが、この陽気ならレザージャケットでも充分だった。

富士スピードウェイに来るのは2008年のF1日本グランプリを観に来て以来。
ちなみに、現代F1としては初開催だったことで、観客の移動経路の確保などの諸々のオペレーションに不手際があり、それに加えて雨に祟られたことで、地獄絵図と酷評された日本GPは、私が行った前年の2007年。
2008年はその教訓を活かして穏やかに進行され、天気も良かったので、私は快適に観戦することができたのですが、その2年契約だった富士スピードウェイでは、それ以降F1が開催されることはなかった。主催者やトヨタ、FIAにとっても2007年の出来事はほとんどトラウマになったことだろう。

『富士モータースポーツミュージアム』はサーキットホテルの1階にあることを知ったのは着いてから。

その名が示す通り、レーシングカーしか展示されない。なかなかに粋なミュージアム。

しかも、ほとんどの車両をこんなに近くで見ることができる。
もてぎの『ホンダ・コレクション・ホール』よりも近くで見られるように感じたのは車両の違いですかね?
それもあって三脚を使っての撮影は禁止。三脚倒して車体に傷でも付けたら大変だからね。
ちなみに自撮り棒はOK。

1991年のル・マン24時間レースにおいて総合優勝を果たした『マツダ787B』に搭載されたR26B型4ローターロータリーエンジン。レーシングエンジンとしては異様なほどのコンパクトさ。実際に見てみないとこの感覚は掴めない。

そうして2階で開催されていた企画展『THE GOLDEN AGE OF RALLY』のコーナーへ。
『フィアット X1/9 アバルト プロトティーポ (1974)』がお出迎え。

そのすぐ隣に、今回の私のお目当てである『ランチア・ストラトス (1973)』がいた。
当時、この勇姿に見惚れた殿方も多いことだろう。
しかも、これは実際にレースで使用された車両そのもの。レプリカではない。
ミニカーも買ったしプラモデルも作った。実物を拝める日が来るとは。感無量。
これを見たくてはるばるやって来たわけだが、その甲斐以上の感動。ストラトス、マジカッコイイ。

市販モデルをベースにラリー車を組み立てていた時代に、ラリー専用車として一から設計されたのがストラトスというクルマだ。その後に自家用車として市販もされたのですが、なんと言ってもこのアリタリアカラーのラリー仕様がベスト・オブ・ストラトスだ。
レースで勝つために前方視界を考慮したという特徴的なコックピットを有しながら、ミドシップの後輪駆動車のデザインを、アートの領域まで引き上げたのはかのマルチェロ・ガンディーニ。

こちらの『STRATOS ZERO』がデザインの元ネタ。
ここから生粋のラリーカー・デザインが生まれたわけだが、デザインというのは“解釈”であること。そしてその飛躍のさせ方であることを如実に表す最高のサンプルだといつも思う。
画像はつい先日、奈良で行われた『CONCORSO D’ELEGANZA JAPAN 2025Ancient capital of NARA(コンコルソデレガンツァジャパン2025)』に展示された時のもの。ストラトス・ゼロの実車を見る機会なんて、たぶんもう生きているうちには訪れないだろう。こちらも観に行きたかった。

『ルノー・サンク ターボ (1981)』
市販車のルノー・サンクをベースにしながらも、1.4Lターボ・エンジンを後部座席の位置に移動させたフランケンシュタインな一台。ホモロゲーションを得るための市販車の方が私は好きなのですが、言わずもがな、このラリーバージョンがご本尊。こちらも超貴重な一台。

『アウディ・クワトロ (1981)』
言わずと知れたフルタイム4WDの始祖。
こちらも市販車からホイールベースにまで手が加えられ「ショートクワトロ」と呼ばれたホモロゲーション市販車が存在するのですが、ヤリスが最前線を走る現代の尺度で測ると、かなり「ロング」。

『フィアット 131 アバルト Gr4 (1978)』
アバルトが DOHC16 バルブ 1,995cc エンジンをチューンし、ベルトーネがボディの改造を担当している。外観は市販車の 4 ドアから 2 ドアに変更し、軽量化のために FRP 製のボンネットとトランクを装備した上で前・後オーバーフェンダーにルーフスポイラーを追加したもの。
まさに市販車をレースのために魔改造するカスタムカーのお手本のような一台。。Gr.4 規定に基づき 400 台を生産したのち、約 600 台を追加生産されたらしいのですが、こんなクルマが新車で買える時代があったのだと思うと意味もなく興奮してしまう。

というように、ラリーはメーカーのイメージアップを目指す舞台であるため、ラリーカーは街中で見かける市販車のイメージを維持しながらメーカーチューニングが施されている。つまり、メーカー純正のカスタムカーであるわけで、私はそうしたところに大きな魅力を感じる。

『トヨタ・セリカ GT-FOUR ST185 (1994)』
当時最強を誇ったランチア・デルタに挑んで勝利した国産ラリーカーの礎的存在。
市販のセリカGT-FOURの特装車である『カルロス・サインツ・エディション』をご記憶の方も多いことだろう。

ラリーカーではないのですが、その先にいたのがこの『トヨタ2000GT 第3回日本GP参戦車』。
モータースポーツ参戦用にアルミ・ボディを架装したトヨタ2000GTの試作車なのですが、なんとも言えないオーラを放っていた。トヨタ2000GTは、今なお最高の国産車だと思う。
これぞまさに国産車の“GOLDEN AGE”。

一通り見終わったのち、富士スピードウェイを見渡すラウンジでアイスコーヒーをいただいて興奮を冷ますことにした。この時間オートバイの自由走行枠だったようで、練習走行するレース仕様車に混ざってミラーの着いたノーマルのオートバイも走行していた。楽しそうだなあ。

こちらはエントランスに飾られているトヨタ初のレーシングカーである『トヨタ7』。
トヨタのレーシングスピリットの源泉と言える一台。「7」はFIAの車両規定で、こうした二座席レーシングカーがC部門第7グループに属することに由来しているのだそう。ずっとラッキー・セブン的な単純な意味だと思ってた。
ガキの頃、リアルマッハ号みたいなデザインが好きだったなあ。ミニカーも持ってたけど、実物を見るのはこれがはじめて。

この日見たクルマたちがまだまだ現役だった頃。
自動車が一番自動車らしく走っていたあの時代に、今回見ることが叶ったクルマたちを実際に見ることなど、夢に見ることすらできなかった。
数十年の時を経て、そうした夢にも見られなかったことを果たしたのだと思うとちょっと泣けてくる。

もちろん復路は下道でのんびりと帰る。
富士スピードウェイから山中湖へ移動して、

昼飯ははもちろん『ほうとう小作』。自動車博物館とほうとう、旅の目的は半分半分。
10組くらいが順番待ちしていたけれど、そんなことは先刻御承知。ハナから待つ気満々だったのですが、タイミングが良かったのかお客さんの回転は早かったようで、山中湖畔をブラついて戻ったらすぐに店内に呼び込まれた。

そんなわけで今回は奮発して『猪肉ほうとう』をいただいた。やっぱり旨し!

いつもスキーやスノーボードに血眼になっている3月の初旬の小春日和にツーリングなんて、なかなか味わい深い。
こうしたことに積極的になれるのも、決して急かされることのないR18ならではのことだと思う。
この歳になると尚のこと、肩肘を張らずに付き合えるオートバイが傍にいてくれることは、とても大事なことだ。
もうすぐ春。またすぐにR18と遠くまで出かける日が巡ってくるだろう。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • FISCOにこんなミュージアムがあるとは知りませんでした。
    機会が有れば行ってみたいです。
    私名古屋市在中ですが、トヨタ産業記念館(知ってますよね)も中々マニアックな展示が多くて、70~80年代のトヨタ車や、エンジン(4AG、7MGやら)が単体で展示されているので楽しいですよ!
    個人的にはトヨタ会館より面白いです。

    • トヨタ産業記念館知りませんでした
      名古屋を含めて西側にはとんと縁がないんですよね
      機会を見つけて訪ねてみます。

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