前夜はやっぱり飲み過ぎた。
親のことだったり、お墓のことだったり、寄る年波な内容の話が増えたが、この素晴らしいロケーションも込みで、存分に夜会を楽しませてもらった。
改めてこうして集まってくれる親友が北海道にいてくれることに感謝だ。

はじめて使った『MSR Freelite1』は想像したより快適。
人一人が横になれる最低限のスペースしかない印象なのですが、身体の周りに荷物が散乱していてもあまり気にならない。
天井の高さも低すぎることもなく絶妙なサイズ感。
1kg程度の重量と併せて、逆にこれ以上ゆとりがあっても無駄だと思わせるに充分な説得力。
ただ、前夜はあまりに寒くてその快適さを享受する以前の状態。
超絶寒くて朝方に目が醒めてしまった。
Freelite1は軽量化もあって上面がネットで覆われており、通気性が高いぶん真夏は良いのですが、寒さには弱い。ただ、この日の寒さはテントのせいだけではない。
今回のツーリング用にわざわざ買った小型の寝袋を、荷物を削りたくて持って来なかった。野球のボールくらい小さくなるシーツ状のインナーシュラフだけ持って来たことが敗因。
今になって思えば寒いに決まっていると思えるのですが、さんざん熱帯夜を過ごしてきた脳ミソにそこまでの想像力はありませんでした。
前夜にショウちゃんがミッドレイヤーを貸してくれたのですがそれを着ても足らず、結局オートバイに乗っているときと同じ格好で寝た。
いよいよレインウェアを着るかという段になってやっと眠ることができた。
そんなわけで、今回の行程ではもうキャンプはしないことにしてキャンプ道具は送り返すことにした。

朝食をいただき、テント(宴会場)を撤収したところでノブ、ショウちゃんたちとまたの再会を誓って解散。
みんなは札幌へ向けオロロンラインを南下、私は稚内に向けて北上するため左折した。
ここからいよいよ旅の本章がスタートする。

・・・はずだったのですが、前夜に家族から体調不良とのSOSが入り、完全に旅の腰を折られた。
実は今回のツーリングは9日間を予定していたのですが、そのため泣く泣く半分の4日間で帰る行程に変更を余儀なくされた。
気楽な独り者の私でも、この歳になると、仕事の都合よりも家庭の事情の方が重くなったりもする。
以前、何頭ものクジラを見ることができた知床遊覧船に乗ったり、行ったことのない納沙布岬にも足を運びたかった。
それと、エスコンフィールドで日ハムの試合を観戦したいとか、観光にも多くの時間を割こうと考えていたのですが、これでそうもいかなくなった。
せめて大好きな知床峠と、いつ倒壊してもおかしくないと言われているタウシュベツ橋梁だけは見て帰りたい。
だとすると、初山別から内陸部を抜けて遠軽町から網走に出て、この日のうちに前回と同様にウトロまでは行っておきたい。
とはいえ、同じ道を走るのもなんだし。何より私にはもう一箇所行っておきたい場所、否、食べておきたいものがある。
というわけで、遠回りと知りながら最北端を目指すことにした。

となれば、せっかくなのでオトンルイ風力発電所の前を通って行く。
今や道内のあちこちで風力発電の風車を見かけるようになったが、やはりここの風車の壮大さは段違いだ。
何でもここも近々建て替えだか、取り壊されてしまうらしいので見ておくことができて良かった。
これを言ったらミもフタもないが、北海道のスケール感は、ここに限らず画像では絶対に伝わらない。
改めてこうして画像で見返しても記憶に残る迫力にはまったく及ばない。
だから何度も来たくなる。

風車群のすぐ先にある北緯45度を示すモニュメント。
特にいわれがあるでもなく、単に土地の観光名所として設置された「だからどーした」ってものなのですが、現在通用する測位法だと北に200mズレているらしい・・・なんと言う悲劇だろう。
その虚しさに一票。

その向かいには利尻島。

おかげさまでご覧の好天にも恵まれ、尚のことこの道は、R18の鼓動と伴って、私の思いや想像に1mmも違わないどころか、むしろ想像以上の感動を与えてくれた。
そんな感動が、信号に遮られることもなく、いつまでも、いつまでもつづいていく。
これを最高と言わずして何とする。
北海道来て良かった。
R18買って良かった。
あ〜帰りたくない。
ず〜〜〜っと走っていたい。


稚内ではノブに教えてもらった土産店で家への土産物を手に入れた。
もちろんここから家へは宅急便で発送する。
肉厚のホッケなど、北の海の恵みを発泡スチロール箱一杯に買っても¥5,000で納まった!
久しぶりに防波堤ドームを観に行ったのですが、マラソン大会のコースになっていて遠くから眺めることしかできなかった。
ここから宗谷岬に行きたいのだが、そのマラソン大会は宗谷岬をスタートして宗谷湾沿いを走る238号線で稚内に至るコース設定がされていて、つまり、238号線は通行止め。
宗谷岬は目と鼻の先にあるのに、これではとんでもない遠回りを強いられる。
宗谷岬は諦め、半島をカットしてオホーツク海側に出れば良いのですが、そういうわけにもいかない理由が宗谷岬にはあるのである。
山側の道に逃げ、稚内空港をかすめて宗谷岬に近づいていく。
すると、ラッキーなことに1077号線の規制は正午過ぎまで。
ほぼジャストタイムで規制明けとなり無事238号線に戻ることができた。
そうまでして宗谷岬に来たかった理由は最北端の称号が欲しいわけではなく、

『間宮堂』の「帆立塩らーめん」。

どれだけ遠回りとなっても、これだけは食べずに帰るわけにはいかない。
そうした思いも加わって、その旨さは更に濃厚な思い出となって私に押し寄せる。マジ旨ぇ・・・・


間宮堂のある宗谷岬公園では当たり前のように鹿が草を食んでいた。
近寄っても逃げるでも、警戒するでもない堂々とした態度のおかげで有り難みも少ない。

見下ろす最北端の地の碑は相変わらずの人だかり。
ここに来るのはこれで4度めなので最北端はもう結構。
でも間宮堂だけはやめられない。


岬からは238号線を往かず『宗谷周氷河ロード』で丘陵の中を進む。
今回のツーリングでここが最大の気持ち良さだった。
私的にNo.1ロードの呼び声高い知床峠と肩を並べる絶景&快走ロードでありました。

貝を砕いて敷き詰めた『白い道』にも寄ってみた。
オフロードバイクだったら狂喜乱舞してただろうな。
前回HP2 Enduroで来たときは天気も悪かったのでここには来なかった。



見渡す限りの丘陵地帯に数えきれない数の風車が風を受けて回っている景色はかなり印象的。

オホーツク海側に出たらお約束の『エサヌカ線』へ。
日本海側のオロロンラインと双璧を成す屈指の直線道路。
道内にはそれこそ直線道路なんてそこかしこにゴロゴロあるのですが、このように有名な直線路は、景観を含めてやはり特別感が高い。


「ただ真っ直ぐ走って何が面白いんだ」とか思っていたガキの頃の自分が恥ずかしい。
今なら永遠に続いて欲しいとすら思う。
そんな強めの感動の反動もあって、ここから先の道は、さすがの北海道であってもまあまあ退屈な道が200km以上続く。
この時点ですでに15時。
ここで斜里町付近まで行くことは諦め網走のホテルを予約した。



サロマ湖を過ぎる頃に日没。
ここから網走まではまだ70km以上もの距離を夜間走行する必要がある。
この区間の虫がすごかった。シールドを叩く音はまるで雨のよう。
シールド表面が虫の死骸ですべて埋まるくらい。
もちろんオートバイの正面も虫で埋め尽くされた。
出発直前に思いつきだけで フルフェイスヘルメットを手に入れこのツーリングに持って来た。
夜間はスモークシールドだと見づらいことは分かっていましたが、夏だしシールドを開けて走ればいいや。とか思っていた。もちろんこの虫の群れの中ではそんなこと無理。
視界の狭いスモークシールドでの峠道はまあまあ怖かった。
ただ、衝動であっても『BELL BULLITT』を買わなければ『SHOEI EX-ZERO』を被って来ていただろうから、ここをシールドで塞がれないEX-ZEROで走っていたら口の中は虫で溢れかえっていただろう。
想像もしたくない事態だ・・・
そうして19時に網走のホテルに到着した・・・
初山別から450kmを走破してさすがに疲れた・・・ヘトヘトだ。

クイックシャワーを浴びたら、すぐにホテルを飛び出し逃げ込むように近くの暖簾をくぐった。
『PERFECT CLASSIC』が喉に染み渡る。


土地の美味いものをいただくのももちろん旅の醍醐味。
これだけ走った一日なら尚のこと。

〆に『冷製昆布そば』をいただいた。
とにかく美味かった・・・幸せだ。

Day-2 初山別〜稚内〜宗谷岬〜浜頓別〜紋別〜網走 450km
【おまけの話】
初山別、浜頓別、紋別と、この日だけで3つの「別」の字の付く地名を通過した。
これ以外にも登別、江別、芦別、士別などたくさんあるのだが、「別」はアイヌ語の「ペッ」の当て字。
意味は「川」のこと。アイヌの人たちは川のことを特別に思っていたのだそうだ。
(Day-3につづく)
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