第二次世界大戦下のホロコーストを生き延び、アメリカへと渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トートの半生を描いた作品。
『ブルータリスト』とは、”Brutalism”(ブルータリズム)と呼ばれる1950年代に流行した建築様式を指している。
塗装や化粧板を使わずに打放しコンクリートなど、素材のもつ質感や構造を強調する建築方法で、その名はフランス語の「Béton brut(生のコンクリート)」に由来している。
そもそもは第二次世界大戦後の欧州で、安価で工期の短い建築物が求められたことに端を発する工法で、その機能性と有機的な美しさを両立させたシンプルなアイデアによって世界的に広まり、日本でも多くの建築家に影響を与えた建築技法。
実はこの「ブルータリスト」という題名にこそ、今作の言いたいことのほとんどが詰め込まれている。

こちらの海外版のポスターに描かれる逆さまの自由の女神は、主人公が乗り合わせた移民船がアメリカに着いたときに、最初に見たアメリカの風景で、ホロコーストという究極の人間悪の世界から自由世界へと、価値観が反転したことを顕している。
建築家というステータスのある仕事に従事し、それなりの評価を得ていたラースロー・トートは、そうした地位や名声を一瞬にして奪われ、迫害から逃げ回る人生に貶められる。

右も左も分からない、仕事もないアメリカという場所で、謙虚に誇り高く生き抜くことを決めたラースローでしたが、些細なきっかけで手がけることになった個人宅のライブラリーのリフォームを完成させたことで大きな転機を迎える。
そうして資本家の目に留まったラースローの建築家としての新章がスタートしていく。
ホロコーストという極限の状況を経てきても、人という生き物は、自尊心という甘美な果実に抗うことができない。
自身を貶めたものがまさにそうした人間の弱い心であったはずなのに、資本主義という武器を手に入れ、さまざまな考えや手法が許される民主主義において、まさに自身が搾取する側に回っていく。
素材を活かす様式を旨とする建築家が、自身を大きく、強く、デコラティブに魅せることに執着していく様を通して、まさに反転していく人間の、内なる悪意を炙り出していきます。
(オススメ度:70)
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