エディントンへようこそ

ある意味、今の時代の先端を行っている映画監督。
アリ・アスター監督の最新作『エディントンへようこそ』。

時代の寵児と言っていい映画監督の作品ながら、否、そんな監督の作品だから。
日本ではふるわなかったようで、公開終了からわずかの時間をおいてAmazon Primeにて配信が開始された。

ここのところぶっ飛んだキャラクターを演じることの多いホアキン・フェニックスですが、私見ながら今回が一番ぶっ飛んでいると思う。
これまでのアリ・アスター監督の“スカし方”、“ズラし方”を考えると、今作は比較的、私のような一般ピーポーにも分かりやすくできているように思えるので、実は「一番ぶっ飛んでいる」という表現は適切ではない。
前作『ボーはおそれている』は、ホアキン・フェニックス以前に、作品自体がぶっ飛んでしまっているので、一般ピーポーには主人公のおかしさがほとんど理解できない。

それに比べて、今作ではホアキン演じる保安官のジョー以外の登場人物が、いたって普通の人々なので、ジョー保安官の狂いっぷりがとても分かりやすくなっている。
もちろんアリ・アスターの入門編としては『ミッド・サマー』をご覧いただくことを強く推奨いたしますが、『エディントンへようこそ』も『ヘレディタリー:継承』と並ぶ次選としてお勧めしておきたい。

アリ・アスターの頭の中にあるものの具現化が『ボーはおそれている』だとすれば、『エディントンへようこそ』が描き出すのは、むしろアリ・アスターから見た歪んだ世界の方。

時は2020年。コロナ禍でロックダンし、隔離生活を強いられるニューメキシコ州の小さな街エディントンの市民たち。
混乱の中でブラック・ライヴス・マターを掲げる若者たち。
マスク推奨派の市長と、断固としてマスクの着用を拒否する保安官。
保安官ジョーの妻は、以前ガルシア市長と関係があった女性。
ジョーの妻は陰謀論を煽るカルト集団の教祖に惹かれ、ジョーと自身の母親を残して家を出て行ってしまう。

自立心と強制。
扇動と陰謀。
理解と暴力。
意地とプライド。
(なのに、正義と悪という不文律の比較は描かれない)

そうした当事者たちにとっては決して小さくないボタンの掛け違いが重なり合い、ジョーのタガは一気にぶっ壊れてしまう・・・・・
アリ・アスターの想像力がものすごいのはそこからで、最初は保安官ジョーのささいな復讐心でしかなかったものは、そのあと想像だにできない悪意を街に引き込んでしまう。
この荒唐無稽でありながらも、ないとも言い切れないギリギリの現実味との境界線を縫いながら、観る者に現実社会の歪みを突きつけるトコロがアリ・アスターの真骨頂と言えるだろう。

ラストのスピード感あふれるジェットコースターばりの展開には誰もが目を見張らされることと思う。

(ぶっちゃけお勧めはしないけれど「私って実はこういうの好きな人だったんだ」と
 気づけてしまう可能性もなくはないので、そういう危険性をウスウス感じている方にオススメ度:60)

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