茨城県小美玉百里にある茨城空港に隣接する航空自衛隊百里基地。
そこに、一般の見学ができる歴代の航空自衛隊機が並べられた公園『雄飛園』があることはだいぶ前から知っていたのですが、ここも大洗に波乗りに行くときにいつも通る場所なので「そのうち行こう」とか思っていたのですが、コロナ禍に見学を休止していたことなどもあり、行かないままに10年近くが経ってしまった。
なんてことを急に思い出した。
「ちょうど仕事も片付いたし、天気ももちそうだから、いっちょ行ってみるか」と、例によって“思い立ったが吉日”、とりも直さずR18に跨り百里基地を目指して走り出した・・・
・・・のですが、途中フと思い立って百里基地のホームページを確認したら、残念ながらこの日は休園日だった・・・

仕方がないので、百里基地の手前に位置する、先日『Taste of Tsukuba』のレースを観に行った筑波サーキットに目的地を変更した。



平日は練習走行枠になっていることは知っていたのですが、午後は4輪の走行枠だということは忘れていた。
4輪だろうと2輪だろうと、音圧の強いエンジンサウンドを浴びるのはやっぱり心地いい。
ひと枠30分の走行練習をふた枠眺めた。

もちろんまっすぐ帰るのはもったいないので、少々遠回り。
上の場所は埼玉県行田市にある『さきたま古墳公園』。

矢印の箇所が画像の場所。ここはこれだけ広大な公園。
ここには5世紀後半から7世紀はじめころまでに作られた9基の大型古墳のある、壮大な歴史を知ることのできるとてもありがたい場所。それこそ小学校の時の社会見学をはじめとして、大人になってからも何度か来ているのですが、ここの案内看板を見るとつい寄ってしまう。
ただ、一つ言えることは、古墳って地上から見てもつまらない。ということ。
ご覧のように“ザ・古墳 ”と言って過言ではない「前方後円墳」もあるのですが、横から見てもただの丘でしかない。
せっかく寄ってはみたものの、古墳を眺めるよりもさっさと目的地を目指すことにする。

そうしてやって来たのは東松山にあるスープカレーの店『NICOTTOO』。
ここもいつか来たいと思っていた場所なのですが、家からだと近すぎて、ここも「いつかそのうち」と思ってもうだいぶ経つ場所。

「デラックスカリー」をいただいた。うまし!また食べに来るとしよう。

というわけで、その翌日も天気が安定していたので、本題の百里基地に行くことにした。
撮影に関する注記書きのある大きな看板も掲げられておりますし、右隅にはマスク姿の自衛官の方がこちらをガン見しているように、ここは曲がりなりにも軍事基地。写してはならない場所がテンコ盛り。
このあと門をくぐって受付をするのですが、そのときも撮影禁止の建物など、おだやかに念を押される。
見学のためのモデルコースがあり、受付を済ませるとパウチされた説明書き付きのコースマップを渡される。
そのコースに従って見学してみた。

F-104 スターファイター 栄光
当時の配備機数230機は、主に国内でライセンス生産された、全天候型で最高速度はマッハ2、赤外線誘導ミサイルと、バルカン砲を装備する戦闘機。百里基地では昭和40年に第7航空団が改編された時から運用され、昭和47年11月の飛行隊の異動をもって百里基地での運用を終えた機体。

T-33Aシューティングスター 若鷹
大戦末期のジェット戦闘機F-80を練習用に改造したもの。航空自衛隊初のジェット機として、またパイロット教育の基本操縦課程として自衛隊創設から平成2年まで長年使用されてた機体。
画像は茨城空港を離陸する民間機とT-33A、そして、ハスクバーナ製の自動芝刈り機の競演。

F-86F セイバー 旭光(きょっこう)
百里基地には配備されていなかったそうですが、朝鮮戦争で活躍した事で有名になった名機。セイバーのプラモデル持ってたな〜〜初代ブルーインパルス(ハチロクブルー)として昭和39年の東京オリンピックで、空に五輪を描いたのはF-86だったんですね。知らなかった。

F-86Dセイバードック 月光
F-86Fと基本構造は同じながら機首部分に長鼻のようなレーダーが装備されているため、機関砲の代わりにロケット弾を装備した機体。
初めてレーダーを装備した全天候型であったが、当時は電子機器の整備が難しかったため、昭和33年から43年までと運用期間10年という短命な航空機だったのだそう。

T-2超音速高等練習機
機体は三菱重工、エンジンは石川島播磨重工が製作した、初めて日本独自で開発された超音速戦闘機。
全天候型で最高速度はマッハ1.6、バルカン砲を装備。
この機体は、ハチロクフルーの跡を継ぐ2代目ブルーインパルスとして、昭和57年7月から平成7年12月まで活躍したあと、最終飛行をかねて百里基地に着陸して、平成14年10月に展示された機体なのだそう。

F-1支援戦闘機
T-2超音速高等練習機をベースに開発された、最高速度マッハ1.6、バルカン砲、赤外線誘導ミサイルの他、対地攻撃用の爆弾やロケット弾、対艦ミサイルを装備する支援戦闘機。


F-4EJ ファントム(改)
ベトナム戦争において主力として活躍した、元は1960年代の米軍所属の戦闘機。
実は、今回私はこのファントムが見たくてやって来た。
今でもファントムが好きな方は多いのではなかろうか。

若い方は全く知らないだろうが、1978年から1984年まで少年サンデーに連載された『ファントム無頼』という漫画があった。
このファントムを駆るパイロットたちの活躍や人間模様を描いた航空機アクションなのですが、まさにここ百里基地が舞台。
この漫画の影響もあり、私もファントムが大好き。


裏側の金網越しからもパチリ。あーファントムマジカッケー。

そこには「F-4J 飛行隊発祥の地」の碑が建立されている。まさに聖地。

RF-4E
より高速であることが重視された世界の軍事情勢に対応する形で、昭和46年に閣議決定された「第4次防衛力整備計画」で、F-86セイバーの後継機として配備された機体。
ファントム偵察機の利点は複座双発にあり、2人の搭乗員で任務の分担が出来るため、側方偵察レーダーや赤外線索装置、低高度・高高度パノラマ、前方フレームの3種のカメラによって、夜間や悪天候時でも偵察任務を安全に行うことが出来た。

日本語であれこれ書いてあるところに親近感。


帰りにそのファントムをバックに記念写真。名残惜しいが、側道から見えることが分かったのでまた寄り道しよう。


言ったようにこの辺りは波乗りでいつもクルマで走っているので、オートバイで走ったら気持ち良い道も多く知っている。この日はその復習のような道程を走る。


いつもこのあたりを走るときには筑波山の北側に位置する「上曽トンネル」を通っているのですが、今回はトンネルができるまで使われていた旧道の峠道「石岡筑西線」を走ってみた。かなりシヴいオールドコースですが、今でも十分走れる道。街灯もないし、夜通ったらかなり怖そう。

この日の夕食は、久しぶりに『山岡家』。期間限定の『豚バラなんこつラーメン』。
いつもこの店の前を通るのですが、平日でも休日でもいつも混んでいる。
今回はタイミングよくカウンター席に座れましたが、他の山岡家よりも混んでいる印象でなかなかここで食べられない。山岡家はどこにでもあるので他の店舗に行けばよいのですが、私にとって都合の良い店舗はここなので、混んでいることを確認してから他の店舗に移動するのはなんか悔しくてできない。そんなわけで久しぶりにここで食べた。

毎年行こうかどうしようか悩んで、結局行っていない『百里基地航空祭』。
行きたい気持ちは山々なんだけど、この人だかりを見ると行く気が萎えるんだよな・・・
まだ腕の痛みがあって長距離は走れないため、今回もサクッとクイックツーリングとなった。
ちょうど梅雨時期なのでまだ我慢できていますが、梅雨が明けても痛みが引かなかったら・・・とか考えると頭まで痛くなる。
サーフィンの方も早く復帰したいが、ロングツーリングにも行きたい。あ〜悩ましい〜〜


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