

やっぱり『アキラ』は違う。
エヴァンゲリオンでもこの映画のクールさには遠く及ばない。
デジタルリマスター版であることを置いておいても、ここに描かれる終末期の東京の姿、そして、そこに生きる不良たちの生き様には、毎度のことながらシビレさせられてしまう。
「サイバーパンク」の元祖と呼ばれている『アキラ』だが、私にその定義はよくわからないのだけれど、底辺のような暮らしをものともせずに生き抜く、むしろ立ち向かう人間の生き様が「パンク」なのだとすれば、ディストピアと化した近未来の東京に生きる不良少年たちの姿こそが『アキラ』の本質だと私は思う。




なんと言ってもこのくだりが最高だ。
いかに養護施設から一緒に過ごした幼馴染みとはいえ、物理法則を超越した異次元の力を発現した相手を前に、怯むどころか挑発する、金田という男のデタラメなところこそサイバーパンクだと思う。
鉄雄は俺たちの仲間だ。ヤツを始末するのは俺たちだ!
という、支離滅裂で本末転倒にも思える金田のセリフが、実にしっくりきてしまう。
SFという括りで見れば『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』あたりが現代最高のアニメーション技術で描かれている作品だと思う。
でも私の目には、38年前の1988年に製作されたはずの『アキラ』が、今そうした作品と比べても遜色なく見えてしまう。
いちいちかっこいい画角と、シーンの切り取り方と独特なテンポは、今観ても斬新に感じる。
そしてそれらは、このあとに続く世界中の映像制作に携わる者たちに多大な影響を与えている。
いまでこそ「ジャパニメーション」という括りの中でいっしょこたにされているが、やはり『アキラ』はジャンルごと飛び越えた特別な作品なのだと改めて思わされた。
そんな『アキラ』ですが、ハリウッドでの実写映画化の企画が、実に20年に渡り進められておりましたが、昨年、映画化権を持つワーナーブラザーズがその権利を放棄するとの発表を行ない、現在その権利は版元の講談社に戻っている。
アニメ版が、何より、原作コミックの『アキラ』が、完全に洗練されてしまっており、それらを超えることが実写版であっても難しいことが、その理由であるように私には思える。
今回、4K デジタルリマスター版を観て、実写版の必要性がまったくないことが余計に理解できた気がする。
やっぱり『アキラ』は特別なんだ。


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